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2012/05/13

ウサギの楽園と戦争の遺跡

天気のいい今日はお出かけ日和。
ゴールデンウィークはどこにも行かなかったので、自宅から来るまで1時間ほどのところにある大久野島(おおくのじま)という島に遊びに行って来ました。

この大久野島は、場所的にはここ。今は、国民休暇村となっていて、宿泊施設も整備されています。

大きな地図で見る

大久野島に渡るためには船に乗らなくてはいけません。ということで、忠海港へ。
港

港からは、しまなみ海道で生口島から大三島に渡る多々羅大橋もよく見えました。
多々羅大橋

行きの船はこんな客船。今回は、子ども達の自転車を持参していきました。小さい船ですが、少しくらいの自転車は乗せられるスペースがあります。忠海港から約12分で大久野島に到着です。
船

この島は、今では「うさぎの楽園」になっています。
Wikipediaによると、島には300羽ほどいるそうですよ。なので、普通に島を歩いていてもそこら中にうさぎがいます(笑)
うさぎ

野生化していますが、えさを耐えることも可能です。100円でペレットを勝手、子ども達もえさやり体験。ものすごい勢いでうさぎが寄ってきます~。
えさやり

その一方で、歴史的には戦争の際の拠点でもありました。
日清、日露戦争の時には、砲台が築かれました。その遺跡も島にはいくつか残っています。こども達は自分の自転車、私とカミさんはレンタサイクルで島を一周しながら見て回りました。

これは、砲台。キャノン砲(漢字では加農砲と書くようです)が備え付けられていました。
砲台

これは、それらの砲台に弾薬を供給するための火薬庫だそうです。
火薬庫


さらに、歴史が進み、太平洋戦争の時には地図から消えた島に。それは、この島で「毒ガス」を作っていたから…。
そんな毒ガス工場の跡もしっかりと残っています。これは、毒ガス貯蔵庫の跡です。戦争が終わった時にも火炎放射器で焼き払われたために真っ黒になっています。
毒ガス貯蔵庫

そして、毒ガスを作るために必要な電気を発電していたのが、この発電所跡。
その昔、私が初めてこの島に来たのは30年ほど前ですが、その頃はこの建物にも入れたと思います。とても薄気味悪かった思い出があります。今は、柵で囲われているので入ることができません。
発電所跡

約4時間ほどの滞在でしたが、こども達もうさぎと遊べたことがとても楽しかったみたいです。
帰りは、フェリーで、再び忠海港に帰りました。
フェリー

大久野島の全景。周囲約4キロの小島。島の中央には高い鉄塔が立っています。電気を書く島々に送る送電線のためのものです。
大久野島

こういう、平和な光景と戦争の遺跡が残っている小さな島。日露戦争の頃といえば、もう100年以上も前。そんなころからの戦争の遺跡はなんとも考えさせるものでした。そして、それは、毒ガス製造へとつながっていきます。きっと多くの人がその影響を受けたのでしょうし、想像もつかないような世界が広がっていたのだと思います。つくづく戦争というものは怖いものだと感じました。

子ども達からは、今度は、泊まりに来たいとリクエストされちゃいました~。
戦争は、あまりピンと来ていない模様。いくら平和学習をしているといっても、まだ日本史も習っていませんしね。
仕方ないのかな。うさぎと戯れたことのほうが楽しかったみたいです。

久々にのんびり、楽しい、いい休日になりましたな~。


参考
Wikipedia 大久野島

休暇村大久野島公式サイト

コメント

非公開コメント

かばのおとうさん こんばんは~

大久野島に行かれたんですか~
1度行って見たいとは思っているのですが・・・
なかなか行く機会がなくって。

ウサギと遊べるのがいいですね~

こんばんは!

ウサギと戦争。。。
なんとも不思議な組み合わせですね。
日本も昔は無茶してたみたいですもんね~
今の平和な世の中がいつまでも続いてほしいと
切に願うばかりです。
戦争知らない世代に育てられた私達。。。
そんな私達が育てた子供たち。。。
伝えていかなければならないことは
伝えていかなきゃですね。

紅葉様

広島からですと少し遠いかも知れませんね。
うさぎがたくさんいますので、子どもには楽しいとおもいます。
ぜひ一度、遊びにに行ってみてください。私はホテルのレストランは利用しませんでしたが、他の方のブログを拝見すると、なかなか美味しいようですよ~。

レイ様

うさぎは、戦争が終わってから誰かが放したものが野生化したようです。天敵もいないので、爆発的に増えたみたいですよ。
毒ガスだとか聞くと、本当に恐ろしいことをしていたんですよね。戦争というのは、人をおかしくしてしまいます。平和が一番ですが、日本だけではかなわぬこと。全世界で心の平和になる日がくることを願ってやみません。
私たちは、まだ戦争を体験した親や祖父母から生の体験談を聞くことができます。ですが、子ども達、孫たちになってくると、どこまで伝えられるのか…。いえ、伝えなくては!!ですね。

ご無沙汰しておりました。ようやくブログの世界に戻ってきました。
また宜しくお願いします。
家の娘も日本史を学んでから、色々と視野が広がったらしく、戦争だ何だと喧しい毎日です。
平和に見える日本でも、領土問題は有るし、中国や半島情勢も安定してませんし、何より北朝鮮と国交修復していないって事自体、第二次大戦が終わっていないとも言える訳で決して文字通りの平和ではない事を、ほんの少しでも娘には伝えてみたいと思っています。
戦争と平和の先に何があるのかって感じですね~

マサキン様

どーもどーも、コメントありがとうございます。
相変わらずお忙しそうですね。こちらこそ、お願いいたします。
一見平和そうに見える日本も、少し視野を広げると紛争地帯というのは多くあります。
世界の中では、争いごとだらけなんですよね。どうも、あのような戦争、紛争というがテレビの中のように感じられてしまいます。しかし、今回訪ねた島のような戦争の跡を見ると、本当にあった出来事なんだなとあらためて感じることができましたよ。私ですらこんな状態ですから、ましてや子供たちには想像も出来ないことなのかも知れませんね。
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